本文へ移動

貴重資料展示室

第05回常設展示:1993年3月24日〜1993年6月28日
[前回] [次回]

渋川春海の業績

渋川春海(しぶかわはるみ) (1639-1715) は幕府の碁方として仕え、神道と天文に興味を持ち、山崎闇斎に和漢の学を学び、岡野井玄貞、松田順承に師事して、暦理を究めた。春海が考案した貞享暦法(じょうきょうれきほう)は初めての日本の暦法である。当時用いられていた宣明暦法(せんみょうれきほう)中国から伝わり、八百有余年にわたり使われていたが、中国ではすでに廃止されていた暦である。この間、我が国では戦乱の世が続き、学問も衰え、改暦を行なう力もなかった。江戸時代に入り、幕府の基盤も固まり、世の中も安定すると、改暦の機運もおこり、中国暦法の最高傑作といわれる授時暦法(じゅじれきほう)の研究が広く行なわれた。春海も授時暦法を研究し、碁を通じて知り合った会津藩主保科正之に天文を講じ、改暦を進言した。

春海は、日本と中国の経度の差 (里差) があること、太陽の近地点が移動することを見出し、授時暦法にこれらを考慮した補正を加えて作った暦を「大和暦」として上奏した。この暦が採用され、「貞享暦」として、貞享二年(1685)から施行された。この功績によって、初代の天文方に任命された。

一方、観測により中国の星座を検証、新たに星を加えて表わしたのが、『天文瓊統(てんもんけいとう)』8巻であり、のち、息子の昔尹(ひさただ)の名において発表された『天文成象』の図のもとになった。『日本長暦』他の著書がある。

貞享暦』 渋川春海著 写本7巻7冊

貞享暦書1 貞享暦書2

天文瓊統』 渋川春海著 元禄十一年 写本8巻8冊

天文瓊統1 天文瓊統2
[前回] [次回]