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寺尾文庫

寺尾文庫目録

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寺尾寿(1855-1923)と寺尾文庫について

下記の年譜でもわかるように、寺尾寿は、開校間もない東京大学で最初の物理学教育を受け、その後パリ大学・パリ天文台に留学して本格的な近代天文学を身につけた、明治期最初の天文学者である。帰朝後に東京大学星学科の教授に就任し、東京天文台の初代台長も兼ねた。近代の日本天文学史にとって寺尾は最も重要な人物の一人であるが、自分自身のことを余り書き残していない上に、寺尾が所持していた資料は戦災ですべて焼失したので、不明な点が少なくない。この寺尾文庫は、私が以前に寺尾のパリ留学時代を調べていた頃に、寺尾寿のお孫さんにあたる寺尾隆さんから、寺尾寿の伝記でも書く時に役立てて欲しいと、託された資料である。しかし、戦災のために、残念ながら一次史料はほとんど含まれていないし、寺尾が大きな役割を担った物理学校(東京理科大学)の創設・運営に関しては、既に馬場氏による詳しい著作が出ているので、寺尾寿の伝記を改めて執筆する積極的理由が見いだせなくなった。そのため、寺尾隆さんのご了解を得て、その資料を寺尾文庫として国立天文台図書室に入れさせていただいた。今後見つかるであろう新資料によってこの文庫を拡充してゆけば、寺尾寿の全体像がより明らかになると期待している。【2015年1月、中村士】

参考文献

1855年福岡藩士・寺尾喜平太の長男として、筑前国那珂郡春吉村(現・福岡県福岡市博多区中洲)に生まれる
1874年9月、開成学校入学
1878年東京大学理学部物理学科卒業
1879年5月17日、フランスに留学。7月、モンスウリ天文台に入り星学修業。12月パリ天文台に入り実地星学修業
1882年1月12日、仏国文部卿より「リサンシェ・エス・シアンス・アマティク」の学位受領(パリ大学)。12月、金星日面経過観察のため、仏国政府より「マルチニク島」へ観察委員派遣につき随行。翌年3月3日、米国を経て帰朝
1883年東京物理学校初代校長に就任する。夏、渡仏前の黒田清輝(17歳)に仏語を教授する
1884年東京大学理学部星学科教授に就任する
1888年東京大学附属東京天文台(現・国立天文台)の初代台長に就任する。6月7日、理学博士号を授与される
1889年8月、仏国パリ府において万国測地学会議開設に付、委員として派遣される
1908年日本天文学会を創立し、初代会長に就任する
1915年東京帝国大学理科大学教授を退官する
1919年東京天文台台長を退く
1922年5月10・、フランス共和国政府より贈与したる「コンマンドール・メリット・アグリコル」勲章を受領

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