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貴重資料展示室

間 重富(2016 年10 月〜)

間重富(1756[宝暦6]年〜1816[文化13]年)は、天文学者。通称を十一屋五郎兵衛。大坂の町民の家に生まれ、家業の質屋を継ぎながら、天文学を学ぶ。その後、麻田剛立に入門。1795(寛政7)年には幕府から暦学御用係として、改暦事業に従事することとなる。

この、寛政の改暦にあたっての重富の果たした役割は大きく、改暦事業の功績により、名字帯刀を許され間姓を名乗ることとなった。

2016年は没後350年にあたる。

ラランデ暦書訳述

ラランデ暦書訳述

「ラランデ暦書訳述」間重富著 自筆本6 冊
「ラランデ暦書」Astronomia of Sterrekunde

間重富はフランスの天文学の一般的な教科書である「ラランデ暦書」を訳した。「ラランデ暦書訳述」は本台で所蔵する。

ラランデ暦書訳述

「ラランデ暦書」は、ラランデ(Joseph Jerome Le Francais de Lalande)による著作。

' Astronomie' 1764 年 全3 冊(フランス)が、オランダでストラッペ(Arnoldus Bastiaan Strabbe)によって訳され、日本に入ってきたのが、'Astronomia of Sterrekunde' 全5 冊である。この本を「ラランデ暦書」と称している。国立天文台では4 冊所蔵しており(1 冊欠)、「蕃書調所」の印がある。蕃書調所は江戸幕府により設立された洋学研究のための機関であり、この後、洋書調所、開成学校を経て東京大学へと発展していく。

ラランデ暦書訳述

「星学手簡」高橋至時・間重富他 渋川景佑編 写本 上・中・下3 冊

間重富や、麻田剛立、高橋至時らの間で交わされた書簡を集めて編纂したもの。高橋至時が幕府天文方に登用されたのち、江戸と大坂の間で、蘭学、暦書、観測や観測機器についての意見交換や近況報告のために書簡がかわされた。これを高橋至時の次男である、渋川景佑が編集した。

星学手簡

星学手簡

「寛政暦書」

西洋天文学を取り入れて考案された寛政暦法暦理について書かれた「寛政暦書」。観測機器の図なども描かれており、35巻35冊にものぼる。

寛政暦書

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