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貴重資料展示室

渋川春海の業績-II(2015年10月23日〜)

天文瓊統

「天文瓊統(てんもんけいとう)」 元禄十一年(1698) 渋川春海 写本6巻

「春秋述暦(しゅんじゅうじゅつれき)」寛文九年(1669)安井算哲 松田順承 著 刊本1冊

春秋述暦は、中国の春秋時代(紀元前770-403)の長暦である。

中国の魯国について書かれた歴史書「春秋」に注釈をつけた書「春秋左氏伝」の記事にある暦に関する記述から、授時暦で推算して242年間をまとめている。

松田順承(生没年不詳)は、幼少の頃から天文に通じていた春海が、十代のころ暦学について学んだ師である。

春海(この書物では安井算哲)はこの後も春秋杜暦考(1670)、書詩禮暦考(1671)を著し、その後日本に関しても同様に研究を進めて、日本書紀暦考(1676)、本朝古今交蝕考(同前)、日本長暦(1680)などをまとめている。

春秋述暦

下図はそのページで年の干支と月の大小、朔日の干支が書かれていて、天文台所蔵のものは後年の研究者の付箋や、書き込みが随所にある。

春秋述暦_書込

「長慶宣明暦算法(ちょうけいせんみょうれきさんぽう)」延宝四年(1676) 安藤有益(あります)著 刊本7巻

安藤有益(会津の算学者。1624〜1708)による宣明暦の解説書で、世の中が安定して一般の人々の算術への関心が高まった時期に出版された。

長慶宣明暦という書名は、この暦が中国の唐の時代長慶2年(822)から施行されたことによる。

長慶宣明暦算法

二十四節気、土用、日月食の日の求め方や、暦の計算の草稿である見行草( けんぎょうそう)も収められている。

長慶宣明暦算法

宣明暦の作者は徐ミで、これまで使われた暦に比べて食の予報に進歩が見られ、中国では71年間使われた。

日本には遣唐使によって伝わり、それまで使われていた大衍暦(だいえんれき)・五紀暦(ごきれき)に代わって貞観四年(862)より貞享元年(1684)まで823年にわたって使われた。

これは遣唐使が廃止されて中国から新しい暦が入らなくなったこと、国内で新しい暦を開発する基盤となる学問が発達していなかったことが理由である。

「授時暦経俗解(じゅじれききょうぞくかい)」明和五年(1768) 中根元圭 著 刊本1冊

授時暦経俗解は、中根元圭(1662-1733)が著した一般向けの授時暦の解説書である。

授時暦経俗解

中根元圭は近江(今の滋賀県)の人で、暦学、数学に詳しく、多くの著作があり、門人を輩出した。また、吉宗に暦学の進歩を妨げるとして、過度の洋書の禁をゆるめるように進言した。

天文台所蔵の授時暦に関する初期の本として、中国本を寛文十二年(1672)に和刻した元史授時暦儀・経、翌延宝元年に小川正意(まさおき)による解説書(大元)授時暦立成がある。

授時暦経俗解

授時暦は、元王朝(1271-1368)で作られ1281年に施行された暦で、郭守敬(1231-1316)の製作したイスラムの天文学の影響が見られる新しい天文機器で観測を行い、中国各地のデータを暦に活かした。 明の大統暦は名前は違うが、消長法を除いただけのほとんど同じ内容で、これを合わせると中国の暦法の中で364年と最も長い間使われた。

授時暦経俗解

「貞享暦議(じょうきょうれきぎ)」天和三年(1683) 保井春海 筆写本

貞享暦議は春海が改暦の意義を記して上奏した書の写しである。

貞享暦議

下右図に名前のある、岡野井玄貞(生没年不詳)は、江戸の医師が本業であるが暦学に詳しく、春海の授時暦の師である。

貞享暦議 貞享暦議

安倍泰福(やすとみ)(1655-1717)は陰陽寮の天文博士 安倍晴明の末裔で、天和二年(1682)に陰陽頭となり、翌年全国の陰陽師を統括する勅許を得た。春海の神道の師でもある。

下左図の最後の行には天和三年十一月冬至日 臣 保井 算哲 源 春海 と書かれている。 春海は貞享の改暦の功により、幕府より初代天文方に任ぜられた。この後、暦の天文学的な基本部分を江戸の天文方が作成し、京都の陰陽寮で占いなど暦注をつけて天文方が確認し、これを元に幕府の認可をうけた者だけが暦を刷って売ることができるようになった。

「貞享暦」元禄十一年(1698) 渋川春海 写本7巻7冊

貞享暦

上図の渾天儀は地平環の直径が約72cmで、北辰とある方向に天の北極が来るように設置して、玉衡を通して星を覗き天緯環、天経環の値を読み星の位置を観測した。

現在残された観測用の渾天儀は数が少なく、ほとんどは星の動きを解説するための模型として作られたものである。

貞享暦の渾天儀、景符、表の図。

貞享暦 貞享暦

春海は京都の梅小路などで渾天儀を使って星の位置を観測し、景符(図右上。約6cm×12cmの銅の板の中央に穴を開けたもの)と表(図下。鉄製で高さ約2.4m、計測する目盛の面が約4.2m)を使って太陽の影の長さを測定した。

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