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貴重資料展示室

市井の天候資料(2014年4月1日〜2015年3月31日)

明治十五年(1882)に気象台と天象台に分かれるまで、観象台では天文現象だけでなく気象の観測も行っていた。国立天文台で所蔵する、市井でも親しまれたと思われる天候・気象の書を紹介する。天候は農業、漁業等に広く影響するため市井でも関心が高く、19世紀初頭からは、年間の天候予測と暦を兼ねた書も刊行された。

呉服橋外桶町河岸飆之圖

「天文奇現象錦絵集」呉服橋外桶町河岸飆(つむじかぜ)之圖 安政五年(1858)(番号:7984、マイクロなし)

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「天時占候」箕輪藤次郎蕃昌(しげまさ) 寛延三年(1750) 刊本5冊(番号:江戸0046、マイクロなし)

天時占候 天時占候 天時占候

天候についての占いの書。上段左図のように「秋の日に北風吹は雨ふるといへとも却(かへっ)て秋の夜にて北風を以て天晴る也」といった経験則によると思われる記述もあるが、殆どは占いや俗信。また上右段図・下図のように、天候の占いにまつわる天文等の知識を雑多に集めた書である。

「民用晴雨便覧」中西敬房 明和四年(1767) 刊本2冊(番号:488、マイクロNo.71)

民用晴雨便覧民用晴雨便覧

※東都=江戸

天候の予測について記されている。著者の中西敬房(?-1781)は京都の暦算家。

雲や虹などの気象現象の説明、江戸・京都・大阪の地形を踏まえた天気予測、風や彗星、干支などによる天気占いが解説されている。地形を踏まえた予測は現代の気象学にも通じるものであるが、干支で天気を予測するのは予測と言うより占いと言える。しかし凡例に「天時の晴雨ヲ窺フ者ハ其要仰テ雲物ヲ観察スルニ過ザルナリ。故ニ此書ヤ望気以テ体トシ占法ヲ以テ用トス」とあるように、気象現象の観測(望気)がまず最初にあることから、「天時占候」より自然科学的になっているとも言える。

地形・風と彗星・日食等が等しく天気占いの材料となっているのは、天文現象と気象現象の線引きがなされていなかったためである。

「懐中天文台」天保八年(1837) 1枚両面刷(番号:28、マイクロなし)

懐中天文台 懐中天文台 懐中天文台

携帯しやすいように両面刷りされ、畳めるようになっている一枚物である。表面には月ごとの天候予測が記され、裏面には「日の出 色青ハ風雨」といった天気占いと、四季ごとの干支による日付(干支は年だけでなく、月と日にもある)の天候予測、満ち潮の時刻等が記されている。

表題の「天文台」の語句は、天文と気象を分けて考えられていなかったことを窺わせる。

「晴雨考」平井直之 弘化二年(1846) 刊本一冊(番号:243、マイクロ105)

晴雨考 晴雨考

『晴雨考』は1年の天候を予測した書で、各地で発行された。本書は尾州(尾張)で出版され、元の著者は 蘭学者の吉雄南皐(なんこう)(常三。1787-1843。志筑忠雄に蘭学を学んだ吉雄権之助の甥で尾張藩の奥医師となった人物。他の著書に『遠西観象図説』など)。毎年改変して刊行されており、弘化二年は尾張医学館門人の平井直之(豊亮)が著者となっている。

年中風雨ノ考として「子ノ日ニ東風有テ卯ノ日雨アリ」のように干支ごとに予測され、「東風急ナレバ蓑笠ヲ備ウベシ」などの経験則に基づいた天気占いが続く。その後に弘化二年の月ごと日ごとの予報が記されている。月の大小(ひと月の日数が長い月が大、短い月が小)も書かれており、暦も兼ねている。

現在の科学をもってしても1年を通した一日単位の天気予報は困難と思われるが、やはり「毎日ノ條下ニハ晴雨ノ考ヲ載テ宇宙変動無窮ナレドモ、占候アル一ニヲ述フ雨ノ日ニ雨ナクシテ前後一両日の遅速スルナリ」と予報がずれることを事前に断り書きしている。

1年間の天気予測を記したものは、他に『気候懸断録』(菅原正義、西城戸白竜等著)がある。

「天文奇現象錦絵集」(番号:7984、マイクロなし)

天文と気象を分けて考えていなかったためか、「天文奇現象錦絵集」には天候に関する錦絵も含まれている。天文現象に関する錦絵は2007年の第三十六回展示「天文奇現象錦絵集」で紹介したが、ここでは残りの気象現象に関する錦絵を紹介する。

「怪雲現る」

怪雲現る

「明治廿三年六月十八日午後三時半頃東天に當て黒雲現れ其中央より遥に地下に向て尾を曳き螺形に捲上げ動揺きて…」

竜巻状の雲を見上げる人々の図。

「明治十五年七月十六日 報知怪事」

明治十五年七月十六日 報知怪事

後半に玄米、白米が降ったとあるが、明治十五年五月は新潟を含め全国的に降雹があったため、それが誤って伝わった可能性がある。

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