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貴重資料展示室

江戸時代の書物に見る銀河(2006年10月28日〜)

銀河は天の川とも呼ばれ古くから親しまれてきた。「天河」、「天漢」とも云う。これらの言葉の由来が中国、游子六著『天経或問』「天漢」の章に書かれている。「天漢」、「天河」は中国の大河である黄河の影が天に映っている様子であるとか、河の水の気が発せられて、清い精が天にのぼり集まって浮かんでいる状態を表すとか伝えられてきたが、望遠鏡を覗いて天河を見ると、小さな星が多く集まっているところであるのがわかると説明している。また、同じような言い伝えは他の書物にも書かれていると紹介している。英語では天の川はMilky Wayとも呼ばれるが、この名前はギリシャ神話から来ている。他にも、世界のあちこちで、神話や民話と結びついた言い方がある。

天経或問図
天経或問図

「天経或問(てんけいわくもん)」游子六著 西川正休訓点 刊本3冊

『天経或問』は、江戸中期、中国から輸入された天文学、地理・気象が書かれた書物。西川正休(1693〜1756)により訓点がつけられ、一般天文学書として江戸中期から後期まで広く読まれた。

著者の游子六(ゆうしろく)は中国明末から清の初め頃の人で、びん中*(びんちゅう‐今の福建省)の人。中国古来の天文に、游子六がイタリア人宣教師熊三抜(Sabathin de Ursis)から教わった西洋天文学の知識が加えられている。日本でキリシタン禁止のための禁書令が出されていた年代には、天文学関係の本でも禁書の対象であった。天経或問もその一つである。

bin*びんの字は常用外漢字

天経或問 天経或問 天経或問

「乾斉先生刪補天象図(けんさいせんせいさんほてんしょうず)」 巻子刊1巻

著者名不明。奥書に「寛政戊午(十年-1798)仲秋 長州赤馬関永野救謹跋」とあり、あとがきを書いた永野によって刊行されたのかもしれない。巻頭に、中国の古い星座である石甲(シー・シェン)(赤)、甘徳(ガン・ドー)(黒)、巫咸(黄)三家の星座300座、星の数1465を色分けして載せていることが書かれている。最後の跋(あとがき)に、保井(渋川春海−1639〜1715)の作った星図には保井の名づけた新星が書かれているので、この星図では乾斉先生がこれを削って、三家を合わせた星座300座を書き云々とある。

乾斉先生刪補天象図 乾斉先生刪補天象図

「星学図彙(せいがくずい)」 刊1冊

著者、出版年とも不明。第一図の星学教導の図で、惑星の動きをしめす「オレリーの器械」が描かれていることから、西洋天文学の本を参考にした図彙集と思われる。

提示した図は「天球地球図」と題されており、地球上から天象を見ている図「仰観天象」で、見ている先には銀河がある。(第25回展示

星学図彙 星学図彙

「天経或問註解(てんけいわくもんちゅうかい)」(序巻、図巻上・下) 入江脩敬(平馬)著 寛延三年 刊3冊

天経或問が出版されると、それに反論する書物も出された。この入江の本もそのような書物の一つであるが、星図についてのところでは、天経或問の星図は誤りがあるのでそれを正すとして、「図巻下」でそれぞれの図に解題、解図をつけ、改正図を付している。また、保井昔尹(やすいひさただ)(渋川昔尹)の「天文成象」方図を載せている。

天経或問註解・本文 天経或問註解・表紙

参考:壁面展示「天文星象図」 刊1舗

天文星象図

この図は『天文星象図解』長久保赤水著とセットで作られた可能性が高いが、図には著者名、発行年などは何も書かれていない。紫微垣、二十八宿上に、銀河と色分けされた星座が描かれている。紙3枚を別々に刷り上げた後につないで、1枚の図に仕上げている。(第20回展示

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