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貴重資料展示室

江戸時代の漂流記(2001年3月26日〜)

鎖国をおこなっていた江戸時代には、外国へ行くことはあり得なかった。しかし、海に囲まれていた日本では、嵐にあったり、潮に流されたりして、他国に漂着する舟もあった。その中で、日本に戻ることが出来た人の話による漂流体験記が残されている。

天文台貴重和漢書の中には、天文暦学以外の和書も含まれており、「環海異聞」、「大日本土佐国漁師漂流記」、「志州小平次外国江舟吹流ル由来記」と3本、漂流記がある。漂流記の中で、大槻玄沢編「環海異聞」は代表的な本である。この「環海異聞」は異本もあり、天文台所蔵本がどの系統に属するかはわからないが、図は彩色されており、文章の文字も美しい。首巻の初めに「環海異聞謄写附録」として、この写本のいきさつが書かれており、「天保10年 写筆 守拙老人」とある。

「環海異聞」 大槻玄沢編 写本16巻8冊

「環海異聞」は漂流者津田夫らが仙台に帰藩したときに編者大槻玄沢の質問に答えた内容を纏めた書である。文化4年(1807)完成し、藩主に献上された。

仙台藩の水主津田・Evら16人は寛政5年(1793)、江戸に向かう途中、嵐にあい、何ヶ月も海上を漂流し、ロシア領のアリュウシャン列島内の島に流れ着いた。その後、ロシアに8年ほど滞在した。

シベリアから首都ペテルブルグに行き、国王謁見の際、帰国を願い出た。津田夫ら4名はロシアを出航し、ほぼ世界一周の後、文化元年(1804)長崎に入港、長崎奉行所に引き渡された後、仙台にもどる。漂流したいきさつ、シベリア旅行記、首府滞在記など、当時の興味深い話が書かれている。

ここでは津田夫らが漂流して長崎に戻るまでの世界図と、プラネタリウムと考えられる「天地球を蔵むる所」の絵の部分とを紹介する。

環海異聞・表紙 環海異聞・本文 環海異聞・本文
環海異聞・本文 環海異聞・本文 環海異聞・本文 環海異聞・本文 環海異聞・本文

「大日本土佐国漁師漂流記」 写本1冊

大日本土佐国漁師漂流記・表紙

中浜万次郎(ジョン万次郎)は天保12年(1841)、近海の漁に出ていて暴風雨にあい遭難、鳥島に漂着し、アメリカ捕鯨船に救助された。この記録は嘉永5年(1852)秋、彼が漁師仲間の伝蔵親子と土佐に帰国した時の聞き覚え書きである。助けられた後、万次郎はアメリカで教育を受け、日本に戻った後、藩で英語を教えた。教え子のなかには坂本龍馬などもいた。その後明治初期、開成学校中博士となった。

「志州小平次外国江舟吹流ル由来記 天明五巳歳 写」 上藤正総写 写本1冊

志州小平次外国江舟吹流ル由来記・表紙

志州(現三重県の一部)の船頭の小平次らが宝暦7年(1757)大阪から伊勢へ帰る途中、大風雨にあい、漂流した。日本語がわかる人がいた国へ漂着し、後、宝暦9年に長崎を経て帰国した際、鳥羽役所向井金左右衛門に報告した話。

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