トップ

お問い合わせ | English

貴重資料展示室

暦(3) 江戸から現在まで(1995年11月1日〜1996年2月28日)

江戸中期、貞享暦施行(貞享2年-1685)後、暦は日本全国統一され、幕末まで江戸幕府天文方が実権を持った。暦法は貞享暦、宝暦暦、寛政暦、天保暦と変 わっていったが、すべて太陰太陽暦法であった。明治になり、鎖国が解かれ、西洋諸国との交流が多くなってくると、太陰太陽暦である天保暦 では何かと不便になってきていた。しかも、この暦では明治6年は閏月が入り、1年が13カ月であった。月給制を取り入れていた明治政府は、お金もなく、この事を きっかけとして、明治5年11月9日、急遽、明治5年12月3日を明治6年1月1日として太陽暦を採用することのおふれをだしたが、あまりにも急であったために大きな混 乱を招いた。また、暦を編纂する役所もくるくる変わり、明治16年になって、編暦、出版共に内務省によって行われることになり、内務省に属していた伊勢神宮が「本暦」と して出版した。編暦の方は明治21年東京天文台の設立にともない、天文台に引き継がれて、昭和20年暦まで続いた。その後、編纂、出版ともに東京天文台、現在は国立天文台 が行うことになり、今日まで「暦象年表」として出版されている。尚、「暦象年表」は理科年表「暦部」に転載され、一般に利用されている。

江戸時代 寛政暦法による「伊勢暦」 文化15年(1818年)

伊勢暦・見返し

明治時代 太陽暦 「本暦」 明治33年(1900年)

本暦・表紙 本暦・一月部分

ページの先頭へ